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下教来石諏訪神社 北杜市白州町 下教来石

下教来石諏訪神社参拝 '09.4.8

 下教来石(しもきょうらいし)諏訪神社は、「昭和38年に、国道20号線改修工事のために北へ約50m移築した」とあります。逆となる「南へ50m」らしき方向に目を転じれば、確かに移転理由の国道そのものがありました。

下教来石諏訪神社

 鳥居をくぐれば、拝殿の左右に、単管で組まれた柵状のものがあります。「立入禁止」と思われますが、警告の「文字」がないので、隙間から本殿がある後方へ廻ってみました。

下教来石諏訪神社覆屋 下教来石諏訪神社は、本殿が大きいのでしょう。見上げるような覆屋が現れました。これも時代でしょうか、最近は覆屋にも「耐震」を見てしまいます。
 開放部(窓)が広いので想定震度以下で崩壊すると見ましたが、中に長い筋交(すじかい)があることに気が付きました。屋根がトタン葺きという軽量級なので、これで充分なでしょう。

下教来石諏訪神社本殿「猩々と酒壺」 “拝観用”の窓は亀甲の金網で覆われていますが、人間の目は極近の網には焦点を合わせないので本殿の細部までよく見えました。
 傷みも少なく、色を別にすればつい最近造られたかのような状態です。

下教来石諏訪神社の彫刻 カメラは、それをどう撮るのでしょうか。期待はしていませんでしたが、金網に鏡胴をピッタリ押しつけたのが功を奏したのか、予想以上のクオリティーで撮れていました。
 県宝とあって多くのサイトやブログで「彫刻が…」と何枚もの写真を載せているので、ここでは「この二枚」のみとしました。

境内社 拝殿の右側にある、小さな社殿の内部です。中央にある祠の屋根と向拝柱は古いようですが、扉などは新しく補修されています。左右にも小さな祠がありますが、暗くて詳細は見えません。
 天井からカラフルな紙飾りが下がっています。思い当たることがあって床に目を遣ると、炉が切ってあります。この状況では筒粥か湯立の神事が考えられますが、「諏訪神社と県宝の本殿」という知識しかありませんから、推測と想像はそこまでとしました。

 境内の右側が切れていて、その下に甲州街道が通っています。その旧街道に降り立つと、その高低差が防音壁となって反対側の国道の喧噪もここまでは伝わってきません。代わって釜無川の瀬音が届きました。

下教来石諏訪神社「縁起」

 境内の案内板をそのまま載せるのは申し訳ないので、『白州町誌』から「下教来石諏訪神社」を紹介します。ところが、案内板の原典はここらしく、ほぼ同じ内容でした。

 勧請の年月は定かではないが、教来石村に御朱印山と呼ばれた所に天照皇大神を祀り、のち建御名方命を合祀し諏訪明神と号し、下教来石村の産土神として崇敬していた。
 元和三年(1617)までは仮宮に鎮座、同年社殿を現在地に造営遷座して神主石田備前に奉仕させた。しかし、天保年間(1830-1843)に至り、社殿の腐朽はなはだしく、よって同三年信州諏訪の立川和四郎富昌を棟梁として、本殿はケヤキ造り総彫刻、屋根は鱗葺きの覆屋、拝殿・石華表(鳥居)など全て改新築を了し面目を一新した。
 慶長年間徳川家康より、社領一石五斗二升を寄進せられ社地一三二〇坪となる。慶安二年三代将軍家光入国のみぎり、前記社領朱印状を以て書き換えられ明治維新に上知となり、同六年村社、同四十年神饌幣帛料指定社となり、同年三月十三日下教来石字北原無格社神明社を合祀した。

下教来石諏訪神社の旧鎮座地

 鎮守社である諏訪神社の移転は、旧下教来石村にとっては不本意であったのは間違いありません。しかし、「国」道の改修とあっては、「村」社の立場では呑むしかなかったのでしょう。「その経緯がわかるかも知れない」と、昭和38年以前の古い航空写真を眺めてみました。

下教来石航空写真 国土交通省『国土画像情報』にある、昭和22年9月撮影の航空写真です。当時は、国道(橙色の線)が鍵の手になっているのがわかります。下教来石宿の桝形ということでしょう。
 それを直線にするために、諏訪神社を「北へ50m」移転させたことがわかります。

下教来石地図 「明治四十三年測図昭和四年要部修正測図」とある、参謀本部 五万分一地形図『八ヶ嶽』の該当部分です。国道に同じ色を塗ってみました。
 これには鳥居の凡例が無いので下教来石諏訪神社の位置がわかりませんが、逆算の「南へ50m」を適用すると、内が旧鎮座地になりそうです。

 それを確定させるために、『国立国会図書館デジタルコレクション』にある『甲州道中分間延絵図』を開きました。
 〔教来石宿〕周辺を探すと、その場所に「諏訪大明神之社」があります。これで、信州方面(左)へ行くには、下教来石諏訪神社を正面に見て右折したことがわかりました。

現在の下教来石諏訪神社 現在の景観となる『地理院地図Vector』の空中写真に、諏訪神社をで表示させました。
 因みに、左の大型施設が、熊本県果実農業協同組合連合会 白州工場です。その敷地の一部が、昭和22年の航空写真にある廃校になった鳳来小学校とわかります。